“NX ONE RECOMMENDS” No.1

2021.12.02

リシャール・ミルの3つの柱となるコンセプト「最高の芸術的構造」、「最高の技術革新」、「伝統的機械式製造技術の継承」がある。NX ONEで取り扱った貴重な歴史的モデルたちを毎月ご紹介していく新連載です。3つのコンセプトに沿った時計作りについて時計ジャーナリスト目線でご紹介して頂きます。

第一回目は、2005年発表の初期モデル「RM 004-V2」を、時計専門誌『クロノス日本版』を中心に執筆中の時計ジャーナリストで、『ALL ABOUT RICHARD MILLE リシャール・ミルが凄すぎる理由62』(幻冬舎)共著もある鈴木裕之さんに、ご紹介頂きました。

RM 004-V2
初期リシャール・ミルの集大成にして、後のスプリットセコンド開発の嚆矢

▲「RM 004 V2 SPLIT SECOND CHRONOGRAPH」 手巻き、プラチナケース、サイズ 縦48.00×横39.00×厚さ15.05㎜。

リシャール・ミルのデビューイヤーとなった2001年から翌02年にかけて発表された、RM 001からRM 004までの4本。今や多方面に技術やデザインの可能性を拡張し、ブランド創設からわずか20数年で、時計愛好家たちの蒐集対象としてオークションシーンを賑わすようになったコレクションの原点である。このうちRM 001からRM 003までは、すべてトゥールビヨンで、原点となったRM 001のアップデート版、またはバリエーションモデルの枠に収まっている。

こうした流れと一線を画す、デビュー初期の傑作がRM 004だ。おそらくリシャール・ミルは、視覚的にも華のある複雑機構の代表格であるトゥールビヨンと共に、より伝統的な“超複雑機構”をラインナップに加えたかったのだろう。創業初期から複雑機構開発でパートナーシップを組んできたAP ルノー・エ・パピ(現オーデマ ピゲ ル・ロックル)と共同で生み出されたのは、既成の概念を変えるスプリットセコンドだったのだ。

クロノグラフ自体が複雑機構のひとつなのだが、これに秒積算針を1本追加し、積算の途中経過を表示させるスプリットセコンドは、その上をゆく“超複雑機構”と呼ぶべきだろう。2本の積算秒針は重なり合った状態で動き始め、途中経過を記録したい場合には、スプリット秒針のみを一時停止させる。この時もメインの積算秒針は動き続けており、一時停止が解除されるとスプリット秒針は積算秒針に追いつき、再び重なり合って動き出す。この動作は計測中に何度でも繰り返すことが可能だ。

しかしクロノグラフを動かすためのトルクと、時計を動かすためのトルクは、同一の主ゼンマイから取られているため、クロノグラフ作動時は時計に大きな負荷がかかることもよく知られている。テンプがどれくらいの勢いで動いているかは“振り角”という数値であらわすが、クロノグラフ作動時は大きく“振り落ち”することも通常なのだ。スプリットセコンドではさらに、動き続けている積算針2本のうちの1本を強制的に一時停止させるのだから、時計にかかる負荷は一般的なクロノグラフと比べても非常に大きくなってしまう。

リシャール・ミルでは、現在もスプリットセコンドの機能改善に取り組み続けているが、その出発点となったモデルがこのRM 004だ。この時点ですでに、スプリット作動時の負荷を逃がし、計時の精度を安定させるアイソレーターが搭載されており、2002年当時のスプリットセコンドとしては、最高峰の性能を持っていたことは間違いない。さらにリシャール・ミル独自の表示として、パワーリザーブ表示と連動するトルクインジケーターを備えていることも興味深い。どちらも主ゼンマイの巻き上げ状態を表示し、機構的にはほぼ同一なのだが、一方は駆動可能時間の残量を、もう一方は安定したトルクを出力するための巻き上げ状態を表示しており、主ゼンマイの巻き上げ状態を、いかにベターな状態を保つかに腐心していた様子が見て取れる。

他の初期リシャール・ミルと同様に、2005年にはRM 004も、カーボンファイバー製の地板を導入したV2スペックへと進化するが、RM 004だけは後年さらに、V3スペックへと進化を遂げることになる。V2からV3での変更点はトルクリミテッドクラウンの搭載で、やはり“巻き過ぎ”にはかなりナーバスになっていたことが伺えるのだ。

ここに掲載するモデルは、2005年以降に生産されたV2スペックの1本で、ケースは希少なプラチナ製。ダイアルの1時〜2時位置に表示されるのがトルクインジケーターで、53〜65の間に針がある状態が、機能的にベストな巻き上げ状態となる。もちろん、主ゼンマイの残量がこれを下回ったとしても、時計は動き続けるのだが、決してベターではない。もしこの時計を手にしたら、数値に巻き上げ状態を保つように、こまめに巻くという儀式も楽しむことができるのだ。

文・鈴木裕之
撮影・鈴木泰之